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大津波

 投稿者:やませ  投稿日:2010年 3月 1日(月)23時14分15秒
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  明治29年6月15日 26,360名
昭和8年3月3日 2,995名
昭和35年5月24日 105名
三陸大津波に見舞われた宮城、岩手、青森で亡くなった方の数である。

久しぶりに吉村昭の「三陸海岸大津波」(文春文庫)を引っ張り出して再読した。
昭和8年当時の記録では、三沢の海岸あたりでも津波は「真っ黒な波が屏風を立てたようにやってきた」というのである。
当時の天候は雪、津波が襲来した午前2時半は零下10度だったそうだ。
昔は、集落がもっと海岸線寄りにあって、津波の被害を教訓に防砂林を植林し、集落は少しずつ後退していった。
今と違って昭和8年のチリ地震のときは、津波警報すら出されなかったらしい。

今回の警報は、津波の高さの予測が過大だったようだ。
日曜日の丸一日、テレビは見られたものじゃなったけれど、用心して損はないと思えば、まあいいか。
 
 
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